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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)373号 判決 1998年3月27日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

筧宗憲

松山秀樹

松本隆行

被告

学校法人甲南学園

右代表者理事

小川守正

右訴訟代理人弁護士

俵正市

小川洋一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告が、被告の設置する甲南大学経営学部教授の地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金五〇万〇五二〇円を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成四年一月二〇日から毎月二〇日限り月額金六六万七五三〇円の金員及び右各金員に対する各支払期から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告に対し、平成四年三月末日から毎年三月末日限り、年額金五三八万四一六二円の金員及び右各金員に対する各支払期から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成三年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  被告は、原告が甲南大学経営学部教授として職務を行うことを妨害してはならない。

第二  事案の概要

本件は、被告が設置する甲南大学の教授であった原告が、大学生活協同組合の出資金の徴収方法に違法ないし不当な点があるとして、これを批判する文書を学内に掲示したり、右事実を告発する趣旨で関係省庁に文書を送付したりしたことなどから懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)されたことについて、右解雇は教授会の決議を経ていない、懲戒権の濫用である、懲戒委員会の構成が不公正であるとして、違法・無効であると主張して、被告に対し、その大学教授としての地位確認並びに本件解雇後の未払賃金、賞与等及び本件解雇によって原告が被った精神的損害に対する慰謝料の支払を求めるとともに、就労請求権に基づく妨害予防請求権により、原告が大学教授として職務を行うことについて妨害しないことを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者

被告は、中学校、高等学校、大学(被告設置の甲南大学を、以下「被告大学」という。)を設置する学校法人である。

原告は、昭和四七年四月一日から被告大学の助手、昭和四八年四月一日から講師、昭和五〇年四月一日から助教授、昭和五六年四月一日からは教授として研究教育に従事してきた。

2  本件解雇に至る経緯等

(一) 原告は、昭和六三年一一月一三日、「異議申立書 甲南大学・生協の出資金の不正徴収に関する件」と題する文書を公正取引委員会と被告の所轄庁である文部省に送付した。右文書には、甲南大学入学試験要項の初年度納付金の内訳に、生活協同組合出資金として二万円と記載してあった点を詐欺であるとし、さらに、大学と大学生活協同組合(以下「生協」という。)の過去の首脳部の実名を挙げた上で、右の出資金の不正な徴収は、それらの者の結託ないし談合によって行われている旨が記載されていた(以下、原告が右文書で指摘した生協の出資金をめぐる問題を「生協出資金問題」という。)。

(二) 原告は、同月二四日、「大学当局への公開抗議」と題する二種の貼紙を、いずれも学内五か所に掲示した。右各文書は、前記(一)の内容に加えて、「久保田理事長・湯浅学長は不正の責任をとって退陣せよ。」と記載されていた。被告は、原告に対し、これを撤去するよう命じたが、原告はこれに従わなかった。

(三) 久保田淳一理事長(以下「久保田理事長」という。)及び湯浅一經学長(以下「湯浅学長」という。)は、同年一二月九日以来、再三にわたって原告を呼び出したが、原告はこれに応じなかった。

(四) 原告は、平成二年九月六日、警察庁捜査第一課長宛てに右生協出資金の問題に関して、「監査請求申立書」と題する文書を送付した。右文書には、「出資金の強制的不正徴収に関する問題」として、生協出資金問題についての原告の見解が書かれ、「上記の件は、刑事事件に相当する問題であります。厳重に処罰すべきであります。」と記載されていた。原告は、そのころ、大蔵省及び会計検査院に対しても右文書を送付した。

(五) 被告が平成二年九月に設置し、同年一〇月から審議が始まった生協出資金の不正徴収異議申立て等に関する原告にかかる懲戒委員会は、原告に対し、平成三年三月五日、同月一一日、同月一八日の計三回にわたって説明を求めるために出席を要請したが、原告はいずれもこれに応じなかった。

(六) 被告は、同年四月一九日、原告に対し、その行為が被告の就業規則三九条四号(業務上又は管理上の指示若しくは命令に反抗し、秩序を乱したとき)、九号(学園の運営に関し不実の事項を流布宣伝したとき)及び一〇号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)に該当するとして、懲戒解雇通知書を交付して本件解雇の意思表示を行った。右懲戒解雇理由の概略は、次のとおりである(甲一八。以下それぞれの理由を「解雇理由①」などという。)。

① 原告は、生協出資金の徴収方法に関する文書表現に若干不適切な点があったことをとらえ、それが被告と生協との結託、談合によりたくまれた「不正徴収」であると一方的に断じ、その誤った判断に基づく文書を作成して、文部省ほか学内外に多数配布するとともに、これを大書し、学内の掲示板に学園規則を無視して掲示した(前記(一)及び(二)の事実)。

② 原告は、右掲示文書に関する被告の撤去命令に従わず、再三にわたる被告側からの出頭要請を拒否した(前記(二)及び(三)の事実)。

③ 原告は、被告大学が、文部省の指示のもとに、生協出資金の徴収方法に関する表現を是正した後も、一方的に独自の見解に基づき、文部省等学外諸所方々に前同内容の投書を続け、被告及び被告大学の名誉を著しく毀損した(前記(四)の事実)。

④ 原告は、右①ないし③の事実関係につき、その説明を求めるため懲戒委員会への出頭を求められたにもかかわらず、これを拒否し、説明をせず、自己の行為に対する反省が全く見られなかった(前記(五)の事実)。

(七) 原告は、本件解雇当時、被告から毎月六六万七五三〇円の給与を受けていた(その内訳は、俸給五五万一三〇〇円、調整手当五万七一八〇円、諸手当五万九〇五〇円であった。)。

二  主要な争点

1  本件解雇にあたって経営学部教授会の決議を経ていないことがその効力に影響を及ぼすか。

2  本件解雇が懲戒権の濫用にあたるか。

3  原告に対する懲戒委員会の構成が不公正であるか。またそのことが本件解雇の無効事由となるか。

4  未払賃金等の額

5  就労請求権に基づく妨害予防請求権が認められるか。

三  主要な争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告の主張)

(一) 憲法が保障した大学の自治は、教育基本法や学校教育法等の関係法規を憲法の精神に照らして解釈することで、私立大学の大学設置者と教授等の研究者との間に当然適用されるものである。

学校教育法は、教授会を大学の必置機関として規定し(五九条一項)、教授会が大学の自治の主体と位置づけ、教授会に「重要な事項」についての審議権を認めている。そして、右条項が大学の自治の保障、強化のために定められたものであることから、懲戒を含めて教員の人事に関する事項は、右条項の「重要な事項」に該当するというべきである。

したがって、原告に対する懲戒は「重要な事項」に該当するもので、経営学部教授会で審議すべき事項であり、それを経ていない本件解雇は無効である。

(二) 被告の諸規程からも、右「重要な事項」に懲戒処分を含めた教員の人事に関する事項が該当することは明らかである。

すなわち、経営学部教授会規程(以下「教授会規程」という。)二条一号では、「人事に関する事項」は教授会の審議決定事項とされており、また、甲南大学運営機構に関する規程(以下「大学運営規程」という。)三条では、「教員は、理事長が学園名で『任命』または『嘱託』する」旨規定され、「ただし、その候補者の選考は、別に定める規程に従い、学長が行い、理事長に推薦する。」と規定されており、その別に定める規程である「経営学部教員人事手続規程」(以下「教員人事規程」という。)の一条で「経営学部専任教員の採用、昇任及び身分変更等については、この規程に定める手続を経て教授会で審議決定し」と規定されており、さらに、大学運営規程の二二条で「教員及び職員の解任並びに解嘱は、それぞれ「任」、「補」及び「嘱託」の手続に準じて行う」と規定され、教員の解任には同規程三条の手続が準用されていることは明らかであるから、教授の身分が奪われる決定については教授会の審議決定を経なければならないことは明らかである。

(三) 経営学部教授会の対応について

(1) 経営学部教授会においては、当初、生協出資金問題を、原告と大学当局あるいは生協との間の個人的なトラブルとしており、原告に対する具体的な懲戒の問題としては取り上げられていなかった。

平成元年七月一一日の経営学部教授会での意向は、原告に対する具体的な懲戒が提案されるまでは教授会では取り扱わないが、理事会の対応次第では教授会が審議することもあるというものであり、後に懲戒の具体的な提案がされれば、当然教授会で審議することを前提にしていたものである。

(2) そして、平成二年一〇月二三日の教授会において原告に対する懲戒委員会設置が報告されていることから、前記平成元年七月一一日の教授会での意向のとおり、原告に対する懲戒問題を「教授会の問題として審議する」という結論に達していたのであって、被告側にその後の処理を一任するような判断は一切ない。

経営学部教授会では、原告に対する懲戒の経過について様々な問題があると認識しており、理事会等に委ねたことは一切ない。

(四) 以上によれば、経営学部教授会の決議を経ていない本件解雇は無効であると言わざるを得ない。

(被告の主張)

(一)(1) 憲法二三条などの自由権的基本権の保障規定は私人相互間の関係には適用ないし類推適用されるものではない。

私立大学における大学の自治は、国の行政権や司法権によって大学の管理、運営が干渉されることなく、学校法人内部で自律的に決定されることをいうのであり、大学の自治の概念から、教員人事について教授会の決議が必要であるということはできない。

(2) 学校教育法五九条一項は、「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」と規定しているが、私立大学において何が重要な事項であるかは当該学校法人がその内規によって定めるほかない。

被告大学においては、教員人事規定一条により、経営学部専任教員の「採用、昇任及び身分変更」については、教授会で審議決定し、学部長が学長に文書で報告するとされている。これは、「採用、昇任及び身分変更」については、それが学問上の業績の専門的評価を必要とすることから、教授会の審議事項としたものであり、この点を鑑みれば、教授会規程二条一項にいうところの教授会の議決を要する「人事に関する事項」とは、「採用、昇任及び身分変更」という任命についてであって、懲戒については、学問上の業績の評価を必要とする教学に関する事項ではないので、教授会の審議事項ではない。このように、大学教授の懲戒は学校教育法五九条一項の「重要な事項」に該当するものではない。ただ、被告においては、それが理事長の恣意によって行われないように、就業規則の規程によって、懲戒委員会の諮問を経て懲戒を行うこととしている。

また、経営学部教授会は、平成元年二月一四日、学長から就業規則の該当条項を掲げた通知があった時以降は、原告の問題を具体的な懲戒問題として審議しており、それ以後、理事長または学長から原告の懲戒を前提とした意見の聴取の要請に対しても、教授会または教授懇談会は一貫して原告に対する懲戒は経営学部教授会の審議事項ではなく、その決定を理事会等に委ねる姿勢をとっている。

このことは、経営学部教授会が、原告に対する懲戒問題は、経営学部教授会規程で教授会審議事項とされる「人事に関する事項」に該当しないとの解釈を採ったことに帰するべきである。

(3) 仮に、大学教授に対する懲戒が学校教育法五九条一項の「重要な事項」に当たるとしても、私立大学の場合、教授会の決議は、学校法人の意思表示の効力要件ではなく、またその意思決定手続を定めた手続規定でもないことから、それは、学長の諮問に対する答申又は学長に対し教授会が自主的に行う意見具申としての性格を持つにすぎない。したがって、教授会の審議を経ないことが学校法人の意思決定の結果に影響を及ぼしたことが明らかな場合にのみ、その効力に影響を及ぼすと解すべきである。

本件においては、教授会の議決を経ないことが被告の意思決定の結果に影響を及ぼしたことが明らかであるとはいえない。

(二) 以上のとおり、本件解雇にあたり、経営学部教授会の決議は不要であるが、被告は、本件解雇にあたり、次のとおり経営学部教授会の意見を徴取しており、右教授会の審議権を侵害したことはない。

(1) 経営学部教授会は、平成元年一月一七日、原告の生協出資金問題は、教学上の問題ではなく個人の問題であるので、経営学部教授会として審議すべき教学上の問題があれば、改めて審議することを決定した。

(2) 湯浅学長は、同年二月一四日、星野経営学部長に対し、学部自治の観点から更に協力されたい旨の文書を発した。同文書で湯浅学長は、原告の行為が就業規則の懲戒事由に触れると判断されるおそれのあることを挙げ、経営学部長と同道して原告が学長のところに出頭することと、経営学部教授会で審議することを求めた。

(3) 同年七月一一日、経営学部教授会において、原告の問題が審議された。そこでは、前記一月一七日の結論を尊重し、生協出資金問題は個人の問題であるので、教授会が対処すべきでない、現段階においては取り扱わないが、理事会の対応次第によっては、教授会の審議の対象とする場合もある旨決議された。

(4) 同年一一月二九日、被告の常任理事会の諮問機関として設けられた甲野問題調査委員会から、原告の行為は就業規則三九条第四、九、一〇号に該当するとの答申があった。

(5) 平成二年一月二二日、常任理事会において、笹井昭夫学長代行(以下「笹井学長代行」という。)を通じて前記答申に対する経営学部の意見を聴取した上で、懲戒委員会を組織することとした。

(6) 同年二月一〇日、久保田理事長は笹井学長代行に対し、前記甲野問題調査委員会の答申を受けて、経営学部の意見を徴したい旨文書によって通知したが、右文書中には、原告の行為が懲戒事由に該当し、停職または懲戒解雇に処すべきことが明記されていた。

(7) 同月二三日、笹井学長代行は、星野経営学部長に対して、前記学長宛文書を添付して経営学部の意見を徴する旨の通知をした。

(8) 同年三月一三日、星野経営学部長から笹井学長代行に対して文書で、意見徴取の結果が報告された。その一つとして「答申の内容については、甲野教授個人の問題であると考える。したがって、かかる個人の言動について責任を分かち合う必要がない。」との意見があった。

(9) 同年一〇月二三日、岡田昌也経営学部長(以下「岡田経営学部長」という。)によって経営学部教授会が開催され、原告の問題が審議された。同学部長から、この問題を教授会で採り上げるか教授懇談会で採り上げるかとの提案があり、審議の結果、教授会で審議することとなった。

(10) 平成二年一〇月三一日、岡田経営学部長の同席する理事会において、原告に対する懲戒委員会の設置が追認された。

(11) 平成三年三月二八日、懲戒委員会から、原告を懲戒解雇とするとの答申があった。岡田経営学部長は、答申の内容を承知していた。

(12) 同年四月一一日、岡田経営学部長立会いの上、小川守正専務理事(当時。以下「小川専務理事」という。)から原告に対し任意退職の勧奨を行ったが、岡田経営学部長は異議を申し出なかった。

(三) 以上から、本件解雇にあたって経営学部教授会の議決を経ないことが、その効力に影響を及ぼすものであるとはいえない。

2  争点2について

(原告の主張)

以下の理由から本件解雇は懲戒権の濫用であり、無効である。

(一) 懲戒処分が有効と認められるには、懲戒事由の存在が認められるだけではなく、懲戒の種類、程度が相当なものでなければならず、使用者の懲戒権の行使が、客観的に社会通念上相当として是認しえない場合には懲戒権の濫用として無効となる。とりわけ、解雇については、当該従業員を職場から排除しなければ職場の秩序を維持しえないほどにその非違行為の違法性が顕著であることを要する。

(二) 被告大学の入学試験要綱に原告が批判した問題があったことについては、その後文部省等の指導の下に要綱が改正されたことからも明らかであるが、教育研究を使命とし、公共的存在として公正な学校運営を求められる被告大学としては、原告から学校運営上の批判を受けた以上、真摯に対応し、大学会議の場で広く討議すべきであったにもかかわらず、原告を理事会に個人的に呼び出すなどの対応を取り、ついには懲戒解雇にしたものであって、かかる対応は原告の公正な言論を封殺する不相当な処分であるといえる。

(三) 本件解雇は、実質的には、前記懲戒解雇通知書に記載された事由のみならず、「昭和六二年ころ、大学経営学部が学生教育用のコンピュータを導入する際、原告を含む三名の経営学部教授が、附属品として提供を受けた三台のコンピュータをそれぞれの研究室で私的利益に用いた。」という事実(以下、右の問題を「電算機問題」という。)を考慮した上で行われたものである。

しかし、原告らが右コンピュータを使用するにあたっては、被告理事長及び被告大学経営学部長と納入業者との間に二つの覚書が存在した上、経営学部教授会の承認もあったのであるから、不当な事実は全く存在しなかった。ところが、原告に批判的なグループを形成していた当時の理事長、学長及び数名の経営学部の教授らが、ことさらにそれが不当なことであるかのように主張するなどして、学内関係者に対し、原告に不正行為があったかのような印象を与えたものである。

また、右の原告に批判的なグループの者らは、原告がコンピュータソフトウェアを不正にコピーしているという虚偽の事実を流布し(以下、右の問題を「ソフト不正コピー問題」という。)、原告が不審な人物であるという印象を植え付けた。

本件解雇は、このような誤った認識が存在したままの状況下で行われ、懲戒委員会及び常任理事会の決議の内容も当然にその影響を受けたものであり、実質的には右の電算機問題を解雇理由とする他事考慮に基づくものであって、無効である。

(被告の主張)

以下の理由によれば、本件解雇は懲戒権の濫用とはいえない。

(一) 懲戒処分の選択については懲戒権者に裁量が認められ、当該懲戒処分が、その原因となった行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念に照らして合理性を欠く等裁量権の範囲を超えたものでない限り有効であると解するのが相当である。

(二) 原告は、大学と生協の首脳部とが結託ないし談合し、詐欺によって出資金の不正徴収をしていると断じた文書を文部省をはじめ、公正取引委員会、県庁、警察庁、会計検査院に送付し、特に警察庁に対しては厳重に処罰するべきであると誣告し、さらに、被告大学内に同旨の文書を掲示し、学生、教員に多数配布し、被告大学及びその首脳の名誉と信頼を著しく毀損した。そして、右の名誉、信用の毀損行為が、被告の説得や指示にも従わずに執拗に繰り返されたことをも勘案すると、原告の行為は悪質であるといえ、被告がこれに対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したことに何ら裁量権の逸脱はない。

(三) 前記昭和六二年のコンピュータの導入にあたって、原告が業者からコンピュータの提供を受け、自分の研究室で用いたことは事実であり、それに際して経営学部教授会の同意を得たという事実はない。

また、右の電算機問題に関する懲戒委員会と、本件解雇原因となっている生協出資金に関する懲戒委員会とは、別個の委員会であることから、後者が前者に不当な影響を与えたとはいえない。

3  争点3について

(原告の主張)

原告の懲戒に関する懲戒委員会の構成員には、生協出資金問題の直接的な当事者である生協理事長経験者が含まれており、利害関係者を排除するなどの措置が採られていない上、原告の所属する経営学部以外の四学部の所属員のみで構成されており、中立公正であるべき懲戒委員会の構成に重大な疑義がある。このような不公正な構成による懲戒委員会の行った本件解雇は違法である。

(被告の主張)

実際に原告から生協の関係者として名指しをされた者は、懲戒委員会の構成員ではない。また教員から選任される生協理事ないし理事長は、実際にはそれほど深く業務に関与するものではなく、利害関係とはいっても希薄なものである。

仮に、懲戒委員会に利害関係を有する者が含まれていたとして、それらの者を除いて決議を行ったとしても、決議の結果に影響を与えないのは明らかであることから、懲戒委員会の構成の点をもって本件解雇が違法であるということはできない。

4  争点4について

(原告の主張)

(一) 未払賃金

原告は、本件解雇当時、被告から、毎月六六万七五三〇円の給与を受けていた(その内訳は、俸給五五万一三〇〇円、調整手当五万七一八〇円、諸手当五万九〇五〇円であった。)。

被告は、平成四年一〇月二九日、原告に五八四万〇七六〇円を支払ったので、平成三年一二月分の給与のうち五〇万〇五二〇円と平成四年一月分以降の給与が未払いである。

(二) 賞与・一時金

賞与・一時金は、六月、一二月及び三月に以下の計算によって算出された額を支給されていた。

六月分

期末手当  基本額×1.5

勤勉手当  基本額×0.6

賞与  基本額×1.5

一二月分

期末手当  基本額×2.0

勤勉手当  基本額×0.6

賞与  基本額×1.5

年末一時金 団体交渉によって決定する。

三月分

期末手当  基本額×2.0

年度末一時金 団体交渉によって決定する。

基本額は、俸給に調整手当(俸給×0.1038)、扶養手当(二万〇五〇〇円)と大学院手当を加えたものであり、平成三年三月当時、六二万八九八〇円であった。

以上によれば、左記計算式のとおり、原告の年間の一時金・賞与の額は、五三八万四一六二円を下回るものではない。

628,980×{(1.5+0.6+1.5)+(2.0+0.6+1.5)+2.0}=6,101,106

(三) 慰謝料

原告は、被告の違法な解雇によって、研究活動等の上で多大な不利益を受け、甚大な精神的苦痛を被った。右苦痛を慰謝するには五〇〇万円を相当とする。

5  争点5について

(原告の主張)

憲法二三条は、研究教育機関としての大学の本質に鑑みて、大学における個人の学問研究活動及びその成果を発表する自由を保障する趣旨を含むものである。私立大学においても少なくとも、大学設置者と研究者との労働契約の内容を解釈するにあたっては、研究者の学問研究の自由が大学設置者によって不当に侵害されることがないようにしなければならない。したがって、大学教授には、大学設置者に対する関係で学問の自由の保障を実質的にするために、図書館、研究室等の大学施設を利用する権利、講義・演習をする権利、教授会に出席する権利が保障されているというべきであり、その業務の性質上、大学教授と大学設置者との間の労働契約にはこのような特別の黙示の合意が存在すると解すべきである。したがって、大学教授には右の各権利について就労請求権が認められ、その権利の実現について大学設置者から妨害を受けた場合には、その妨害を排除することを請求することができる。

被告大学は、原告の講義の休講措置をとるなどして、原告の研究教育活動を妨害している。

(被告の主張)

労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従い一定の労務を提供する義務を負担し、使用者は一定の賃金を支払う義務を対価的に負担するのが最も基本的な法律関係であり、労働契約等に特別の定めがあったり、労働者が労務の提供について特別の合理的利益を有する場合を除いて、労働者は使用者に対する就労請求権を有するものではない。

原告の研究活動は、大学の研究室以外においても行い得るものであり、講義や演習は、学生に教育をする場であって研究の場ではなく、原告は研究という労務の提供について特別の合理的利益を有しないから、その点についての就労請求権を有するものではない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  原告は、教授会の決議を経ない大学教授の解雇は違憲、違法であると主張するので、この点について判断する。

(一)(1) 証拠(甲三一、三二、三四)によれば、次の事実が認められる。

被告の組織・運営等に関する根本規則である寄附行為には、被告の業務の決定は、理事で構成する理事会によって行うとされており(一三条一項)、理事長が被告の業務を代表し、理事長以外の理事は、被告を代表しないと定められている(八条)。寄附行為の中には教授会の権限について、何ら定められていない。また、被告の経営及び業務の運営に関する重要方針を協議するため常任理事会が設置されている(寄附行為施行細則六条一項)。

被告の理事会は、昭和四一年一〇月一日、被告の教員及び職員の就業に関し必要な事項を定めるものとして就業規則を制定し、そこで被告大学の教授の任免、服務規則、懲戒等について定めている。

右就業規則では、「大学の教員及び職員の任免は、大学名で発令する」とされ(六条)、教員及び職員は、「学務運営上定められた会議の決定に従うこと」とされ(二四条三号)、「学園は、第三八条及び第三九条に該当する教員及び職員に対して、懲戒委員会に諮り懲戒に付する」とされ(三六条)、懲戒について教授会の決議による旨の定めはない。

(2) 証拠(甲一九、三四、三五)によれば、次の事実が認められる。

被告大学の経営学部教授会が昭和三五年四月五日議決し、大学会議が同年五月一九日制定した教授会規程では、教授会は、人事に関する事項を審議決定すると定められており(二条)、経営学部教授会が昭和四四年九月一六日議決し、大学会議が同年一〇月一六日制定した人事手続規程では、「経営学部選任教員の採用、昇任及び身分変更……については、この規程に定める手続を経て教授会で審議決定し、学部長が学長に文書で報告する」と定められており(一条)、平成二年三月三〇日理事会制定の大学運営規程では、「教員は、理事長が学園名で『任命』又は『嘱託』する。ただし、その候補者の選考は、別に定める規程に従い、学長が行い、理事長に推薦する」(三条)、「教員及び職員の解任並びに解嘱は、それぞれ「任」、「補」及び「嘱託」の手続に準じて行う」(二二条)と定められている。

(二) 以上の認定事実を下に判断する。

(1) 前記認定の被告の諸規程に照らせば、被告の業務に関する最終決定権限は理事会にあって教授会にはなく、被告大学の教授の服務についても就業規則に定められ、その中で懲戒についても被告が懲戒委員会に諮って行うとされているのであり、教授会の関与は、教員の採用、昇任及び身分変更について、その候補者の選考に際して審議してその結果を学部長を通じ学長に意見を表明することであり、これは、教員の採用、昇任等は、学問上の業績といった専門的評価を必要とすることから教授会の審議を必要としたことによるものと解される。

(2) これに対し、教員の懲戒については、学問上の業績の評価を必要とする教学上の事項といえないことから、昭和四四年制定の人事手続規程で教授会の審議決定の対象とはされていない。そして、昭和三五年制定の教授会規程の「人事に関する事項」も、後に制定された人事手続規程における定めと同じと解される。

(3) 大学運営規程二二条の「……準じて行う」との定めは、三条で「その候補者の選考は……」とされていることから、被告が教員を懲戒解雇しようとする場合に、右規程によって採用等の場合のような教授会の審議決定が必要であると解することは困難と言わざるを得ない。

(4) 以上のとおりであり、教授会は、教員の採用、昇任及び身分変更について学長に意見を表明する権限があるにすぎず、教員に対する懲戒は、被告が懲戒委員会に諮って行うとされているのであって、教授会の決議が必要であると解することはできず、それを経ていないことが本件解雇の効力に影響を及ぼすことはない。

(三) 原告は、憲法上制度として保障された大学の自治は、私立大学においても適用されるから、大学の自治の根幹となる大学教授の地位を剥奪する解雇という問題に関しては教授会の決議が必要であり、また、教授の懲戒は学校教育法五九条一項にいう「重要な事項」にあたるから、本件解雇においても経営学部教授会の決議が必要であったと主張する。

しかし、同法において、何を「重要な事項」として、教授会の決議事項とするかについては何らの定めもないことからすれば、私立大学の場合、それは学校法人が自主的に定めるものと解するほかなく、前記(二)において判断したとおり、被告大学の諸規程に照らして大学教授の懲戒解雇には教授会の決議が必要であると解されない以上、本件解雇に際して経営学部教授会の決議が必要であったと解することはできない。したがって、右の原告の主張についてもこれを採用することはできない。

2  また、以下の認定事実に徴すれば、被告及び被告大学は、再三にわたり経営学部教授会に対して意見徴取を行っており、それに対して同教授会が積極的に本件解雇に反対する意見を述べていないと認められ、この点からも本件解雇に関する手続に問題とすべき点があったとはいえない。

すなわち、前記争いのない事実及び証拠(甲一五、一八、三六ないし三八、四五1、2、四九ないし五二、五五、六一、八一1ないし4、八四、八六、八八、九三、乙一ないし一一、三八、四四、七六、証人光岡、同湯浅、被告代表者本人、原告本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 平成元年一月一七日、経営学部教授会において、生協出資金問題について審議されたが、そこでは、教授会として審議すべき教学上の問題があれば、改めて審議することとなった。

(二) 同年二月一四日、湯浅学長は星野経営学部長に対して、生協出資金問題に関して原告が文書を配布した行為は就業規則の懲戒条項に触れるおそれがあり、経営学部教授会に更に協力を依頼したい旨を文書で通知した。

(三) 同年五月一二日の常任理事会において、生協出資金問題に関する原告の行為について、就業規則等に照らして何らかの措置を講じるべきである等の意見が出され、同年七月一一日の経営学部教授会において、生協出資金問題について審議した結果、教授会としては一月一七日の教授会(前記(一))での結論を尊重し、「個人の問題であるので、教授会が対処すべきでない。現段階においては取り扱わない。ただし、理事会の対応次第によっては、教授会の審議の対象とする場合もある。」との結論に達した。

(四) 同年一〇月一四日、常任理事会の諮問機関として甲野問題調査委員会が設置され、同月二九日、右委員会は、原告の行為は被告就業規則三九条四、九、一〇号に該当するという内容の答申を行った。

(五) 平成二年一月一二日、常任理事会は、右答申を承けて、生協出資金問題に関する原告の行為について、学園運営の観点からこれを放置しておくことはできないとの認識に立ち、「学部自治を尊重することを考慮に入れて、笹井学長代行を通じて当該学部の意思を徴取した上で懲戒委員会を組織する。」と決議した。

(六) 同年二月一〇日、久保田理事長は、笹井学長代行に対し書面で、甲野問題調査委員会の答申の内容を伝え、右答申についての経営学部の意見を徴することになったので、その旨取り計らってほしい旨伝え、同月二三日、笹井学長代行は、右の件について星野経営学部長に伝えた。

(七) 同年三月六日、経営学部教授懇談会において、甲野問題調査委員会の答申について意見を徴した結果、次の①②の意見に集約された(①と②の分布はおよそ二対一の割合であった。)。

① 甲野教授自身、充分反省すべきであるが、当局もこの問題の経緯を踏まえて、適切な対応を速やかにすべきであったし、また反省すべき点もある。

② 答申の内容については、甲野教授個人の問題であると考える。従って、かかる個人の言動に対して責任を分かち合う必要がない。

なお、右懇談会においては、甲野問題調査委員会の構成員と審議の経過が明らかにされていないことは遺憾であるとの意見があった。

そして、右懇談会の内容は同月一三日、笹井学長代行に報告された。

(八) 同年九月一四日、常任理事会は、原告に対する生協出資金問題の懲戒委員会を設置することを決定した。

(九) 同年一〇月一六日の経営学部教授会において、原告が後記電算機問題において懲戒委員会の対象者となっていることが明らかになり、生協出資金問題でも原告が懲戒委員会の対象者となっていないかなどについて久保田理事長及び湯浅学長に照会した。

これに対して、湯浅学長は、同月二〇日、岡田経営学部長に対し、口頭で、原告が生協出資金問題でも懲戒委員会の対象者となっていることなどを回答した。

(一〇) 同月二三日、経営学部教授会が開催された。右席上において、岡田経営学部長から、前記平成元年一月一七日及び同年七月一一日の経営学部教授会における審議を踏まえた上で、生協出資金問題について懇談会で審議するのか、教授会として取り上げるのかを改めて審議してほしい旨提案があり、審議の結果、教授会の問題として審議することになった。そして、同学部長から生協出資金問題について教授会としてどのような対応をすべきか審議してほしいとの提案があり、審議されたが、同教授会としては、大学の自治を守る最高責任者である湯浅学長及び学園の最高責任者である久保田理事長に対して、専任教員が懲戒委員会の対象者となったのは被告大学として初めてのケースであり、この問題に関して適切に処理してほしいと要請したのみで、それ以上に同教授会として原告の懲戒問題に関して積極的な意見を表明することはなかった。

(一一) 平成二年一〇月三一日の理事会において、久保田理事長から生協出資金問題及び電算機問題に関して懲戒委員会を設置すること(前記(八))について提案説明があり、審議の結果、提案どおり懲戒委員会を設置することが承認された。なお、この理事会には岡田経営学部長も出席していた。

(一二) 平成三年三月一八日、生協出資金問題に関する懲戒委員会は、前記のとおり、生協出資金問題に関する原告の行為を就業規則三九条四号、九号及び一〇号に該当すると結論づけ、投票の結果、原告を懲戒解雇とすることを決議した。

(一三) 同年四月一一日、小川専務理事は、原告及び岡田経営学部長に対し、前記の懲戒委員会の答申の内容を伝えた。

(一四) 同月一三日、常任理事会は、懲戒委員会の答申を受けて、原告に対する懲戒解雇を決議した。

(一五) 同月二三日、経営学部教授会が開催された。同席上で岡田経営学部長は、同月一九日に原告に対して懲戒解雇通知書が交付された事実について説明し、本件解雇に際して経営学部教授会の決議を経なかったことを中心に構成員から意見が述べられた。岡田経営学部長は、同月三〇日に最終的な結論が出るまでは様子を見たいという考えを示し、「懲戒委員会の答申が出た後、理事長が経営学部教授会の意見を徴しなかったことは遺憾である。」ことについて、経営学部教授会の意見分布を取ったところ、出席者一六名のうち、賛成者八名、反対者八名という結果であり、同教授会としての反対意思を示すには至らなかった。

(一六) 同月三〇日の理事会において、本件解雇が追認された。

以上認定の一連の事実経過に照らせば、被告が原告を懲戒解雇するに際し、再三にわたって経営学部教授会の意見を徴取しようとしており、また、同教授会においても、それに応じるため、原告の懲戒問題について数回にわたり審議しているのであり、それにもかかわらず、最終的に意見を集約できず、同教授会としての意見を表明できなかったものであって、本件解雇に関する手続に問題とすべき点はみられない。

二  争点2について

1  前提事実

前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし一八、三六、四五の1、2、四六の1、2、五一、乙一五ないし三三、三四の1、2、三五ないし四二、証人湯浅、被告代表者本人、原告本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告大学においては、昭和四五年一月に生協が設立されたときからその出資金を大学が代理徴収しており、昭和六三年当時の被告大学の入学試験要綱においては、生協出資金として一律に二万円を被告大学の初年度納付金に含ませて徴収するものとしていた。また、当時の生協の定款においては、その一四条で「出資一口の金額は、一〇〇〇円とし、金額一時払込みとする。」と定められ、一五条では「組合員は、その出資口数を増加することができる。」と定められていた。

(二) 原告は、昭和六三年五月二五日、経営学部の生協理事候補選出の世話人として選挙を行い、当選した林満男教授を経営学部からの理事候補者として推薦し、生協理事らの承認を求めたが、生協理事会は、同月二七日、右推薦を受け入れられない旨回答した。

さらに、原告は、同年六月一五日、右世話人として、生協の総代、理事の選挙を公正な方法で行うことなどを要望する文書を被告常任理事らに送付したが、久保田理事長は、同月二九日、被告と生協とは組織を異にしていることから、原告の意に添うことはできない旨回答した。

(三) 原告は、昭和六三年一一月一三日、「異議申立書 甲南大学・生協の出資金の不正徴収」と題する文書を公正取引委員会と被告の所轄庁である文部省に送付した。右文書には、被告大学の生協出資金の徴収方法について批判し、文部省に対し調査及び適切な措置を求める内容が記載されていたが、その批判の内容は概ね次のとおりである。

① 被告大学は、新入生から生協出資金を徴収する際、被告大学の入学納付金に含めて徴収していたが、このように強制的に徴収するのは「不公正な取引慣行」であり、独占禁止法に違反する。

② 生協の規程においては、生協出資金は一口一〇〇〇円とされているのにもかかわらず、一律に二万円を徴収しているのは、「詐欺」である。

③ 被告大学の入学試験要項においては、生協出資金は卒業時に返還すると定められているにもかかわらず、返還を請求しなかった学生は出資金の返還を受けていない。

④ 過去五年間、これらの不正は、学長、学長補佐の大学首脳部と生協理事長ら(教授が就任する。)との「結託」ないし「談合」によって行われてきた(被告大学首脳部と生協理事長については実名を挙げている。)。

(四) 原告は、同年一一月二四日、「大学当局への公開抗議」と題する二種の貼紙を、いずれも学内五か所に掲示した。右各文書には、前記(三)①ないし④の内容に加えて、「この不正の責任をとって、久保田理事長・湯浅学長は退陣せよ。」と記載されていた。

(五) 被告は、同年一二月一日、久保田理事長及び湯浅学長連名の文書をもって、原告に対し掲示の撤去を申し入れたが、原告は撤去すべき理由が明確でないとして、これを拒否した。

(六) 被告は、翌二日、前記(三)の各文書を撤去したが、原告は、再度同じ内容の文書を学内五か所に掲示した。

(七) 被告は、同月九日、久保田理事長及び湯浅学長連名の文書をもって、原告に対し右文書の即時撤去を申し入れるとともに、原告を呼び出したが、原告はこれに応じなかった。

(八) 原告は、同月一〇日、兵庫県生活文化部生協係及び兵庫県議会に前記(三)と同内容の文書を送付した。

(九) 湯浅学長は、同月二四日、星野経営学部長を通じて、原告に面談を申し入れたが、原告はこれを拒否した。

(一〇) 平成元年一月一〇日、原告は、湯浅学長の星野経営学部長を通じての出頭要請に対し、面談すべき理由が不明であるとして、同学部長を通じて、文書で拒否する旨の意思表示をした。

(一一) 湯浅学長は、同年二月八日、文書で星野経営学部長を通じ、原告に対して、学長からの説明と事情聴取を行うため経営学部長とともに出頭するよう要請したが、原告はこれに応じなかった。

(一二) 原告は、同月一六日、湯浅学長に対し文書で学長及び部局長・常任理事たちの前に出頭する意思は全くない旨、文書で回答した。

(一三) 湯浅学長は、同年三月一五日、原告宛ての文書で、生協出資金について二万円を徴収する方針が妥当であると考えていること、大学首脳部及び生協理事長との間に談合等の不正な事実は存在しないこと、現在の入学募集要項の表現ではあたかも生協出資金が強制徴収のような印象を与えるため、次年度の入学要項においてはその文面を改めることにした旨を説明し、なお原告が納得できない場合には、原告が常任理事会に出席して説明するように求めた。なお、その後、平成二年度の入学試験要項においては、新たに「生活協同組合への出資金は定款上、一口一〇〇〇円以上となっているが……<中略>……第一五回通常総代会の決議に基づき、二〇口二万円の出資金を要請している。」、「生活協同組合出資金については、入学辞退時、卒業時あるいは退学時に生活協同組合において全額の返還を受けることができる。その他の諸費についても入学辞退時には返還を受けることができる。」という条項が加えられた。

原告は、湯浅学長の右の求めに対して、同月一八日、同学長宛ての文書で、常任理事会にも理事会にも出席して説明する意思は全くない旨回答した。

(一四) 久保田理事長は、同年五月八日、原告に対して文書で、原告の掲示したビラや投書等について同月一二日の常任理事会で事情聴取をするので出席するように命じたが、原告は、同日付けの文書をもって出頭しない旨意思表示をした。

(一五) 原告は、平成二年九月六日、警察庁捜査第一課長宛てで、前記の「監査請求申立書」と題する文書を送付した。

(一六) 原告は、平成三年二月ころ大蔵省及び会計検査院に対しても右と同内容の文書を送付した。

(一七) 原告は、平成三年二月一九日、三月五日、同月一一日、同月一八日の計四回にわたって説明を求めるために懲戒委員会への出席を要請されたが、いずれもこれに応じなかった。

(一八) 被告は、平成三年四月一九日、原告に対し懲戒解雇通知書を交付して本件解雇の意思表示を行った。

右通知書に記載された解雇理由の概略は、前記争いのない事実2(六)記載のとおりである。

2  原告は、本件解雇は不相当な処分であり、懲戒権の濫用にあたると主張するので、この点について判断する。

(一) 前記認定のとおり、原告が「異議申立書 甲南大学・生協の出資金の不正徴収」という文書を文部省等に送付した行為及び「大学当局への公開抗議」と題する文書を学内に掲示した行為(前記(三)、(四)。解雇理由①に該当する行為。)について、生協の定款において生協出資金の出資単位が一〇〇〇円とされていたにもかかわらず、被告大学においては、生協出資金を初年度納付金に含ませて一律に二万円を徴収していたこと及び入学辞退者に対しても右出資金をを返還しないという扱いをとっていたことは事実であり、この点で被告大学の出資金の徴収方法に問題があったことは確かである。

原告は、右の点を捉えて、被告大学当局と生協首脳部とが「結託」した「談合」によるものであるとか、「詐欺」ないし「不公正な取引慣行」であると断じているのである。

しかし、原告は、被告大学当局と生協首脳部との間に「結託」ないし「談合」があったとする根拠について、双方の人事が重なり合っていること及び被告大学の納付金票に生協出資金が含められていることが、双方の首脳部が連絡を取った上で行われているということを示しているということを述べるに止まり(原告本人)、それ以上の具体的根拠を示しておらず、その他本件全証拠に照らしても、右のような「結託」「談合」を窺わせる事情は認められない。したがって、原告は、その点について充分な調査を尽くすこともなく、「結託」「談合」という不穏当かつ不適切な表現を用いたものであるといえる。また、「詐欺」という文言についても、生協が右のような徴収方法をとったことは、生協出資金の徴収を入学手続時に一括して行うことがその手続上の便宜に資すると考えたにすぎないこともあり得るのであって、実際に、被告大学側及び生協側の真意について調査することなく、漫然とそれを詐欺であると決めつけた原告の行為には問題があったと言わざるを得ない。さらに、原告は、入学辞退者や途中退学者に対して、実際に生協出資金が返還されているか否かについて特に調査することなく、被告大学の入学納付金票に、一旦納付された納付金を一切返還しないということが明記されていること等入学試験要綱の記載のみをその論拠としているが(原告本人)、これも不正を告発する論拠としては不十分なものであるといえる。

以上によれば、原告は、自らの批判内容について充分な調査を尽くすことなく、しかも右のような不穏当、不適切な表現を用いて、関係者を名指しにした文書を監督官庁である文部省に送付したり、大学の掲示板に掲示したものであり、その行為によって、被告大学及び生協の関係者の名誉を著しく毀損したものと認められる。

(二)  さらに、前記認定のとおり、被告大学当局が、平成二年度の入学試験要綱から、原告によって指摘された問題点を改めた(前記(一三))にもかかわらず、平成二年九月六日に警察庁に、右の生協出資金の徴収方法について告発する文書を送付したり、大蔵省及び会計検査院に対しても同内容の文書を送付しているが(前記(一五)、(一六)。解雇事由③に該当する行為。)、これらはもはや、大学運営に関する正当な批判行為からかけ離れたものであり、被告大学及び生協関係者の名誉を著しく毀損する悪質な行為であると言わざるを得ない。

原告は、過去に行われた犯罪事実は後にその状態が改められても消えるものではないから、それを告発しても何ら問題ではないと主張するが、前記のとおり、調査をすることなく生協出資金の徴収方法が詐欺であるとしたこと自体が疑問であり、右の主張を採用することはできない。

また、原告は、右の批判を行ったのは、被告側から様々な違法・不当な攻撃がかけられたためであると主張するが、仮にそうであるとしても、右のような違法な手段に訴えることが正当化されるものではないから、それが、原告にとって有利な事情となるものではない。

(三)  以上の点に加えて、原告が前記の文書を掲示板から撤去するよう命じられたにもかかわらずこれに従わなかったこと、被告側からの再三にわたる事情聴取のための面談あるいは出頭要請に応じなかったこと(前記(五)、(七)、(九)ないし(一四)。解雇理由②に該当する行為。)及び懲戒委員会からの出頭要請にも応じなかったこと(前記(一七)。解雇理由④に該当する行為。)を総合考慮すれば、原告が本件解雇によって被る損害として、懲戒解雇ということで金融機関から融資を受けることも困難になり、再就職も困難な状況に置かれていること(原告本人)を勘案しても、被告が、原告を学内から排除することなしにはその秩序を維持できないと判断して懲戒解雇にしたことについて、被告にその裁量権の逸脱ないし濫用があったとは認めることはできない。

3  さらに、原告は、電算機問題及びソフト不正コピー問題において原告が不正を行っているという誤った認識が学内にあり、本件解雇は、その影響の下に行われたものであるから、実質的には右の不正行為が解雇理由とされたものであり、他事考慮によるものであって違法である旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によっても、電算機問題及びソフト不正コピー問題における原告の行為が本件解雇の実質的な理由となっていたとは認めることはできない。

4  以上によれば、本件解雇が懲戒権の濫用であるとは認められない。

三  争点3について

1  証拠(甲一七、五八、六二、乙一二ないし一四、七三ないし七五、証人湯浅)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告の就業規則三六条では、「学園は……懲戒委員会に諮り、懲戒に付する。」と規定されているが、懲戒委員会の構成及び委員の選出方法についての定めはない。

(二) 被告常任理事会は、平成二年九月一四日、原告に対する生協出資金問題の懲戒委員会の委員の人選について、久保田理事長、森博副理事長及び湯浅学長の三者に一任する旨決議した。

(三) 右決議を受けて、久保田理事長は、平成二年一〇月一七日、生協出資金問題に関する懲戒委員会の委員として、森博(副理事長)、伊藤順吉(常任理事)、柳田侃(常任理事)、田中昭(常任理事)、松村昌家(文学部長)、中西典彦(理学部長)、滝沢秀樹(経済学部長)、山口賢(教養委員長、懲戒委員長となる。)、深沢知博(総務局長)、能津健(事務局長)の一〇名に委嘱した。

(四) さらに、久保田理事長は、同年一一月三〇日、右懲戒委員会の委員として、当時常勤理事であった小川守正にも委嘱した。

(五) 以上の一一名の懲戒委員のうち、生協理事長経験者は、山口賢委員長、田中昭委員の二名であり、学部教員理事経験者は滝沢秀樹委員であった。なお、当時の生協理事長は、潮海一雄法学部長(以下「潮海法学部長」という。)であった。

2  以上の認定事実を前提に判断する。

まず、前記のとおり、いずれの委員も、被告の理事あるいは被告大学の学部長等の要職を占める者であるといえ、実際に証拠(乙七五)によれば、いずれの委員についても、相当の職責を担っているとか、当初から本件調査に携わってきたなどの理由から同委員に委嘱されたものであることが認められ、このことから、いずれの委員についても、同委員会の構成員となるについて相応の理由があることが推認でき、敢えて原告に不利なように懲戒委員会を構成したというような事情は何ら認められない。また、右事実に加えて、生協においては、歴代被告大学の教授が理事長に就任していたが、これは名目的な存在に過ぎず、実際の運営は専務理事が行っていたこと(証人光岡)からすれば、原告に対する生協出資金問題の懲戒委員会に、偶々生協の元理事長等が含まれていたからといって、必ずしもその構成自体が不公正なものであるとはいえず、そのことによって懲戒委員会の決議が無効となるものではない。

しかも、当時の生協の理事長であった潮海法学部長は、懲戒委員会の構成員から外れており、実際に懲戒委員会の議事においても、原告及び岡田経営学部長が懲戒の対象者となった電算機問題の懲戒委員会(同学部長は、こちらの懲戒については委員になっている。)の議事については審議に加わり、引き続いて行われた生協出資金問題についての審議になると退席するなど(乙三六、三八、三九)、その利害関係を意識した配慮がなされており、このことからも、その懲戒委員会の構成に重大な不公正があったとは認め難い。

原告は、右懲戒委員会の構成員に他の学部の学部長が含まれているにもかかわらず、原告が所属する経営学部学部長が構成員に含まれていないのは不公正であると主張する。しかし、証拠(証人湯浅)によれば、当時の岡田経営学部長は電算機問題の懲戒委員会において懲戒の対象になっていた関係で、その委員に委嘱されなかったことが認められることからして、同学部長が懲戒委員会の構成員になっていないことをもって、何ら不公正とするにはあたらないから、右の原告の主張は採用することができない。

第四  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求にはいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森本翅充 裁判官太田晃詳 裁判官西村康一郎)

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